序文
ご遺族たちによる日比合同慰霊祭
1945年8月、日本に2発の原子爆弾が投下され、天皇陛下はついに連合軍への無条件降伏に同意しました。当時、大日本帝国は天皇神聖の国家でした。帝国臣民は帝国の行く末、つまりは天皇陛下の存続を憂慮しました。アメリカ合衆国軍大将ダグラス・マッカーサーは思案の末に、天皇を実権を持たない国民の象徴として存続させ、国民はマッカーサーに大いに感謝しました。大日本帝国憲法の主権は天皇から国民主権という馴染みのないあり方に変わり、新しい日本国憲法が敢行されたのです。しかし国民は、国民主権という聞きなれない言葉の意味が分からず、民主主義とはどういうものかが分からないまま、荒廃した日本の戦後が始まったのでした。
そして大日本帝国の敗戦から5年後に朝鮮戦争が勃発。アメリカは日本を共産主義の防波堤にするために、大日本帝国時代の財閥や政治家、その配下の活動家たちを戦犯から蘇生させてしまいました。結局新生日本はアメリカの兵站拠点になり、日本経済はまさかの急成長を遂げます。まんまと燐家の戦で私腹を肥やした、これを朝鮮特需と言われました。
日本人は子供を沢山産み、何も考えずに懸命に働きます。
その間の1955年から1973年までを、日本の高度経済成長と言われました。国民は、日本が始めた戦争、2000万人以上が亡くなったアジア太平洋戦争を振り返る暇もなく、ひたすら生活向上に邁進してきました。そして今、戦争体験者の多くが他界し、日本がやってしまった戦争の実相を何も知らない高齢者と、まったく興味のない若者が、成長しなくなった日本経済を嘆いています。
残念ながら、日本とアジア諸国の間の歴史認識には、少なからず隔たりがあります。かつて日本がやらかしてしまった戦争の歴史を知ろうともしないで、他国を蔑視する日本人が増えました。このままではアジアの人々と友好関係を育むことは難しいのではないか。日本のアニメ人気ばかりに頼ってはいられません。直ぐに効く解決策は見当たりませんが、まずは日本国民が、日本がやらかしてしまった戦争の事実を知ろうとする事が大切なんじゃないでしょうか。
ある日私は、フィリピン、ベンゲット州の若者たちが力を合わせて自主制作し、日比両国の若い兵士が命懸けで戦った北ルソン戦のドキュメンタリードラマの映画「ノーウェアー、イェット、エブリウェアー」を観ました。その時、この映画を両国兵士の遺族たちが一緒に鑑賞する交流会をやったらどうだろうかと思い立ちました。こんな戦争の事実を真摯に編み込んだドキュメンタリー映画は、きっと新しい好奇心を生むだろう。関係者の理解も増幅するだろうと思いました。戦っている両国の兵士たちは、ともかく与えられた命令に従って、無理やり相手に牙をむいて戦っているだけでした。
日本兵の遺族は、戦った相手が米兵ではなくフィリピン兵だった事を知り、フィリピン兵が愛する家族や故郷のために懸命に戦っていた事を知りました。フィリピン兵の遺族は、故郷から遠く離れた異国の地で、食料も弾薬の補給もないまま、みじめな持久戦を戦わなければならなかった若い日本兵を知ったのでした。合同慰霊祭を通して、互いの誤解や聞き間違いを少しずつ修正し、戦争の真実を学ぶことができれば、必ずお互いが理解し合えると私は信じます。
2025年 11月 今泉光司