サルボンからのお知らせ

NPO法人サルボンの今泉光司です。


全国どこへでも映画の無料上映会を行っています。上映作品は次の作品です。

① 日比協働制作劇映画「アボン小さい家」111分 日本語字幕(サルボン制作) 

② 自然農法ドキュメンタリー「地球で生きるために、福岡正信インドへ行く」60分日本語字幕 (サルボン制作)

③    反原爆映画の決定版「ヒロシマナガサキ」86分日本語字幕 (監督・制作者から許可を経て無料上映会を行っています)

④ 「ヒロシマ・声 | イ・ジョングン」(NPOアント₋広島の制作者から許可を得て無料上映会を行っています)

ご希望によりどの映画も解説をいたします。一人でも多くの方に観て理解していただきたい作品です。映画は観てもらわなければ価値がありません。どうか映画を皆様の活動にもご活用ください。

P.S.

サルボンでは、昨年から北ルソンのバギオ市で、年2回、大日本帝国軍と戦った米比軍兵士の遺族と日本兵の遺族の合同慰霊祭を主宰しています。どなたでも参加できます。次回の慰霊祭は12月13日ごろです。詳しくはサルボンにメールでお問い合わせください。

NPO法人サルボン 映画監督 今泉光司

〒111-0041 東京都台東区元浅草4-8-5 

imakoji2@gmail.com



2026年4月27日、バギオ市キャンプアレンでの、「第2回日比合同慰霊祭 歌と踊りの祭典」の記録動画をユーチューブにアップロードしました。日本語版と英語版があります。


第2回日本-フィリピン合同慰霊祭


フィリピン米比軍ご遺族100名との交流会

2026年4月27日午後12時~19時

フィリピン、バギオ市

キャンプアレン内ヒーローズホール

現地集合、参加自由ですが、予約が必要です。


予約・問い合わせ

NPOサルボン03-3843-0876 

imakoji2@gmail.com 今泉まで


同日午前9時からバギオ市主催の

バギオ市解放記念式典があります。

場所:バギオヒーローズパーク


今泉光司のスピーチは以下のリンクで読めます。


2026年2月21日、「メモラーレマニラ1945」

1945年2月、大日本帝国の敗残兵は日米両国で無防備都市宣言をしたマニラのイントラムロスに立て籠もり、住民虐殺を繰り返した。レイテ島を解放した米軍は2月3日にマニラに突入し、1か月間激しい空爆を行った。マニラ全土は壊滅し、3月3日に制圧された。日本軍の戦死者は12,000人、米兵の戦死者は約1000人、マニラ市民の犠牲は10万人を上回り、市街地中心は廃墟と化した。毎年2月に犠牲者の遺族が中心になってこの慰霊祭が催されている。


敗戦から80年目の2025年4月19日、20日の2日間に渡ってフィリピンのバギオ市で行われた日比のフィリピン戦従軍兵の遺族会による国際合同慰霊祭のページを作りました。以下のリンクからご覧下さい。


2025年12月映画上映会のお知らせ

土の民 地球に生きる映画祭

〜土からうまれる暮らしのもの〜

2025年12月6日(土)、7日(日)

沖縄県東村高江 やんばる野草の宿


「地球で生きるために 福岡正信インドへ行く」

自然農法の創始者福岡正信さん(2008年他界)は農業が地球を破壊し続けていると主張してきました。そして耕さず、農薬も肥料も水もやらずに作物を作る自然農法を研究実践し、その著書「わら一本の革命」が現在も世界中で読まれています。この映画は1997年に森岡尚子さんと本間裕子さんが福岡さんに同行してインドに自然農法の普及活動に行った際に、今泉が同行して記録したドキュメンタリー作品です。


「ヒロシマナガサキ」

アメリカ在住の日系3世のドキュメンタリー作家、スティーヴン・オカザキ監督が、25年の歳月の末に完成させた原爆投下を巡る真実の姿を明らかにする渾身のドキュメンタリー映画。

「アボン小さい家」

地球と人間の共生、家族の絆といったテーマをドキュメンタリータッチで描いてた劇映画。今泉監督作品。フィリピンにて撮影されました。


12月6日(土)

ヒロシマナガサキ (室内) 16:00〜18:00

アメリカ在住の日系3世のドキュメンタリー作家、スティーヴン・オカザキ監督が、25年の歳月の末に完成させた原爆投下を巡る真実の姿を明らかにする渾身のドキュメンタリー映画。

地球に生きるために 福岡正信インドへ行く (野外) 18:30〜19:30

トーク(今泉監督+やんばる野草の宿森岡+スペシャルゲスト?)


12月7日(日)

アボン小さい家   (室内)    16:00〜18:00

上映前後に今泉監督のトークあり    

◎上映後は居酒屋営業もやってくれます!

今泉 光司(脚本・製作・監督) 1959年東京出身。 日本大学芸術学部映画学科卒業。 PR広告、映画、ビデオの脚本・演出家を経て映画監督小栗康平の助監督を務める。1992年に初めてフィリピンのバギオを訪れ、それ以来、キドラット・タヒミック等のフィリピンの映画人との交流を続けてきた。


今泉監督からのメッセージ

NPO法人サルボンの設立は、1996年から8年がかりで制作していた自主製作劇映画「アボン小さい家」の準備中に、当時新法人制度として始まった特定非営利活動法人に興味を持ち東京都に申請、立ち上げました。サルボンは事務所、電話、給料なしの日本最小のNPO法人です。

1997年、「アボン小さい家」を制作中に自然農法家の福岡正信さんに出会い、ドキュメンタリー映画「地球で生きるために」を自主制作しました。哲人福岡との出会いは自分が制作しようとしていた映画に自信をくれました。劇映画「アボン小さい家」は大借金を抱えて完成し、3つ国際映画祭公式コンペに招かれたにもかかわらず売り上げはゼロ。その後の劇場公開も売り上げは劇場と配給会社に持って行かれてサルボンに入金ゼロ。仕方ないので東京を始め、16㎜上映機材を車に積んで全国自主上映をして多くの人々に観てもらいましたが、借金返済には随分長くかかりました。しかし制作から20年たっても上映依頼があり、2025年の今年は福島の映画館フォーラム福島で特別上映されました。長く観てくれている観客は、20年前よりも今の方が観客に理解されやすい、と言います。

その後はサルボンは、太平洋戦争中にフィリピンで大日本帝国がどのような戦争を行ったのかを調査・記録しながら、アジア太平洋国際平和慰霊祭や平和映画祭を開催してきました。またマニラで大日本帝国軍が行った残虐行為の犠牲者の遺族が行っている慰霊祭、”メモラーレマニラ1945”の記録ビデオを毎年撮影してきました。これらは全てユーチューブでご覧になれます。(ユーチューブネーム:koji de benguet)

今年2025年は敗戦から80年が経ちました。外地から帰国してきた退役軍人たちがPTSDでアルコール依存症になったり、多くの家庭で家族が暴行を受けていた事実が初めてマスコミに取り上げられました。戦後日本の暗い家庭の中でくすぶっていた戦争が改めて呼び起こされ、今に長い尾を引いていることを考えさせられる事態になっています。大日本帝国戦時中の無責任な体制は戦後改善されているのでしょうか。私たちはそのことを自覚して検証したのでしょうか。そのひずみは今どこに表れているのか。戦後の新憲法の元で私たちがやるべきだった15年戦争の総括を、一人一人が検証して行かなければいけないと思っています。

サルボンでは今後とも映画の上映活動などを通して観客の皆さんと共に考えて行きます。どうぞよろしくお頼みいたします。


NPO法人サルボン 今泉光司

2025年12月


2025年9月映画上映会のお知らせ

「アボン小さい家」福島特別上映会に寄せて

この度は映画「アボン小さい家」の戦後80年福島特別上映会にお越しくださりありがとうございます。この映画が公開されてから早20年が経ちますが、今の方が理解しやすいという方がけっこういます。この作品は、先の戦争がどういう場所で行われた戦争だったのかを検分する一人旅で私が見つけたモチーフが集まってオリジナル脚本が出来ました。この映画は観る方によって着目点が違う映画です。皆様が何を発見してくださるのかが楽しみです。超低予算ですが日比両国の多くの協力者の尽力を得て自主制作できた16㎜35㎜フィルム、そしてデジタル化した劇映画です。

思えば当時まだセカンド助監督だった私が、仕事の合間に東南アジア・フィリピンを旅して、戦争のこと、日系人のこと、山岳民族のこと、この国で世界中の教会が乱立している宗教のこと、子供を置いて出稼ぎに行く母たちのことなど、様々なモチーフを発見して武者震いしてました。1996年に師匠小栗康平監督の演出部を卒業させていただき、北ルソンの山岳地帯に住み込みました。そして取り組んだ日比合作の完全自主制作映画は、道なき道程でした。金は無いけど時間はある。国際交流基金のフェローシップ、映画助成金をいただいたのが初めの原動力でした。それから約8年、思えば様々なことがありました。

まずはシナリオライター探し。日本とは仕事の仕方がまるで違う上に、北ルソンの山岳民族と日系人は一般フィリピン人に人気がない。だから売れっこシナリオライター達は皆気乗りしない。当時日本人といえば悪者。日系人の父役をオーディションしたら人相悪い俳優が100人以上集まって驚きました。仕方なく山岳地帯でシナリオの協力者を探した。宗教や山岳民族の文化に詳しい知識人探し。幸運にも山岳民族出身でありながら大学で宗教と哲学を教える女性教授と出会い、必死に説得して協力してくれることになった。しかも彼女は山岳地帯の女性を支援するNGOの社会活動家でもあった。NGO仲間に頼んで町の中心の事務所の一角を借りて小さな仕事場を確保した。

下宿先探し。町はずれに小さい家がびっしり密集した小高い山がある。そのど真ん中に飛び込んで下宿を探した。その家のおばさんは偶然にも日系2世でした。私と同年の日系3世の息子は元金鉱山の労働者で当時は無職。生粋の山岳民の息子に付き人になってもらって山岳地帯を何処でも気兼ねせずに歩き回れたのは幸運でした。

山岳地帯にプロの映画人はいない。そこでインドネシアの映画監督から紹介されたマニラの映画学校の校長を訪ねた。彼も私と同年代で映画の話で意気投合した。しかしその日にゲイであることを告白され仰天したが、私は平静を装いました。その後彼が協力者となってマニラ映画界の俳優やスタッフを紹介してくれました。俳優オーディションや衣装合わせの場としても学校を使わせてもらい、マニラ映画界を知る足場になりました。

シナリオを完成させ、キャスティング、ロケハン、美術打ち合わせ。40人スタッフ中日本人は数人。監督は運転手兼料理人。撮影と主役俳優はマニラ映画界の大御所です。風光明媚なロケ地を選んだので移動が大変。地元のバス会社に交渉して無償で運転手付きバスを借りた。日系人の知人を介してトヨタフィリピンから車4台も借りた。コダックから16㎜ネガフィルムを沢山寄付してもらい、フィリピン航空に手紙を書いて日本4往復チケットをもらった。バギオ日系人会の子供たちが全面協力。ロケ地の村も協力してくれた。

一つ問題が持ち上がった。山の人は日本人と似てシャイでハグも握手もしない。山岳民族を全く理解していないマニラのスタッフ達は、私がフィリピンを理解していないと私の脚本を否定し、これは日本映画だと賃上げ要求してきた。北ルソンの山岳民族がフィリピン人に全く理解されていないことが分かって私は逆にやる気が沸いて来た。

1月半、実質33日間の撮影が終わるとお金を全部使い果たしたことがわかった。そこでフィリピン文化庁の映画助成金を申請した。官庁街にある情報省映画局に懇願して現像所と編集・録音スタジオを無償で借りた。しかしフィリピン公務員の働き方は大変ユニークで遅刻欠勤が多く、定時の30分後に始業、30分前に終業。エアコンの具合が悪いとその日の作業中止。でもみんないい人たちで、おかげさまで和気あいあいと1年半かけて映画は完成した。金が無くても時間はあった。

完成作品を観たら自分にはアラばかりが目に付いて全く自信がなかった。しかしいくつかの国際映画祭が公式コンペで招待してくださり驚きました。そしてそれから映画本来の上映の旅が始まった。映画は観てもらってなんぼなんです。

監督の言い訳代わりに制作の裏話をさせていただきました。少しでも自主制作映画を志す人の参考になったら幸いです。

You can do it too.  偉そうにすみません。


今泉 光司

サルボン代表

(2025年3月8日)


敗戦80年に平和を祈念して、日比合同慰霊祭を企画しました。後日ユーチューブにてその模様を公表します。

問い合わせは今泉まで  imakoji2@gmail.com 。


第二次世界大戦終戦80周年平和祈念

日比従軍兵遺族会合同慰霊祭

2025年4月20日

会場:バギオヴェテラン記念公園

フィリピン、ベンゲット州バギオ市

比島観音奉賛会

(フィリピン戦で亡くなった日比米他全ての人を慰霊する観音像を奉賛する遺族の会)

会長 亀井亘

米国在比陸軍北ルソン

第66歩兵連隊遺族会

会長 テレッサ・ポマール


09:30  レセプション(日比来賓およびメディア)

10:00  合同慰霊祭式典 (だれでも参加自由)

       日本側遺族代表による招魂式

       司会:ジミー・フォン(UP BAGUIO教授)

11:30  午後の部参加会員はキャンプアレンに移動

12:00  “OWEK” 山岳民の儀式

       豚の生贄をささげての伝統的なダンス

       司会:クリスティナ・アバン(イヤマン代表)



(2025年2月6日)


「フィリピン戦から80年の平和祈念慰霊祭」

日比両国の従軍兵遺族会の合同慰霊祭です。

日時:2025年4月20日(日)

場所:フィリピン北ルソン、バギオ市(マニラから高速バスで5時間)

基本は現地集合です。どなたでも参加できます。

参加費1000ペソ(約2600円、花代、食費、後日記念冊子送付代)

参加ご希望の方はメイルでお申込みください。

申込先:NPO法人サルボン 今泉まで。 imakoji2@gmail.com



(2025年1月28日)


NPOサルボンの今泉から、日比国際慰霊祭のお知らせです。

敗戦から80年目の今年4月に日比のフィリピン戦従軍兵の遺族会による国際合同慰霊祭を企画しました。日程が出ましたので、お知らせします。4月19日、20日の2日間、場所はバギオ市とアトック桜公園、ともにフィリピン、ベンゲット州です。日本側の遺族会は蒲郡の三か根山にある比島観音奉賛会で、会長は亀井亘さんです。フィリピン側の遺族会は米比軍ユサッフェ、バギオ支部の方々で、若い方も多くいる団体です。比島観音奉賛会の亀井さんに関しては私のユーチューブ、koji de benguet を参照ください。

ちなみに4月27日はバギオ市が日本軍から開放された記念日のパレードが行われますが、亀井さん一行は参加しません。慰霊祭はどなたでも参加できます。参加を希望する方はご連絡ください。

今泉 imakoji2@gmail.com